大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成元年(行ウ)27号 判決 1992年12月09日

原告

藤村伸次

右訴訟代理人弁護士

伊神喜弘

被告

愛知県人事委員会

右代表者委員長

高須宏夫

右訴訟代理人弁護士

山田靖典

右訴訟復代理人弁護士

林克行

右指定代理人

浅井俊治

奥澤治彦

林静生

鈴沖勝美

城越孝順

野田茂

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、昭和六三年措第五号事案について、平成元年六月二七日付でした、要求者の要求はこれを認めることができない旨の判定を取り消す。

第二事案の概要

本件は、愛知県碧南市立東中学校の教諭であった原告が、被告に対し、地方公務員法(以下「地公法」という。)四六条に基づき、同中学校で実施された野外学校行事であるみどりの学校における超過勤務に対し回復措置を行うことを内容とする措置要求をしたところ、被告がこれを認めない旨の判定をしたため、その判定の取消を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  原告の経歴等

原告は、昭和四九年四月、愛知県教育委員会から愛知県碧南市公立学校教員に任命された者である。

原告は、昭和五九年四月から平成四年三月まで愛知県碧南市立東中学校教諭に補され、同年四月以降は同市立新川中学校に補され現在に至っている。

(原告本人)

同市立東中学校(以下「東中学校」という。)の校長は、昭和六一年四月以降市古春夫(以下「市古校長」という。)である。

2  みどりの学校の実施

東中学校では、昭和六三年七月一二日から同月一四日まで、二年生生徒二三二人を対象とした野外学校行事であるみどりの学校(以下「本件みどりの学校」という。)が実施された。

引率者は、市古校長、校務主任、保健主事、生徒指導主事並びに二年担当の学年主任を始めとする担任及び副担任八名外一名の合計一三名であり、当時二年C組の担任をしていた原告も引率者としてこれに参加した。

3  原告の回復措置の要求

原告は、本件みどりの学校の実施につき、市古校長に対し、回復措置をとるよう申し入れた。

これに対し、市古校長のとった回復措置は、本件みどりの学校の前日の昭和六三年七月一一日午後、給食、清掃及び帰りの連絡後帰宅してもよいこと、本件みどりの学校実施後の同月一五日、三時限出勤すればよいことの二点であった。

4  原告の措置要求

原告は、地公法四六条に基づき、昭和六三年七月二一日付で、被告に対し、「碧南市立東中学校市古春夫校長は、七月一二日(火)から七月一四日(木)にかけて行われた『みどりの学校』での超過勤務に対する回復措置を速やかにおこなえ。」との勤務条件に関する措置を要求した(昭和六三年措第五号事案、以下「本件措置要求」という。)。

原告は、本件措置要求の中で、国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法の施行について(昭和四六年七月九日文初財第三七七号文部事務次官通達、以下「給特法施行通達」という。)第二の2の(1)に基づき、本件みどりの学校の後に少なくとも二日間の回復措置をとることを求めた(<証拠略>)が、その理由の要旨は、国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(以下「給特法」という。)によって支給される教職調整額が俸給の四パーセントとされていることから考えると、市古校長が一か月に命ずることのできる時間外勤務は五時間程度であって、本件みどりの学校における時間外勤務のうち右時間を越える部分については、これに相当する時間回復措置がとられるべきであるということにあった。

5  被告の判定

被告は、平成元年六月二七日、原告の本件措置要求に対し、「要求者の要求は、これを認めることができない。」との判定を下した(以下「本件判定」という。)。

その理由の要旨は次のとおりであった。

(一) 本件みどりの学校の実施に際して、原告が何時間の時間外勤務をしたかについては、本件みどりの学校の性格や実施内容等からみて、これを正確に算定することはおよそ困難なことであるが、それ相応の時間外勤務をしたことは認めることができる。

(二) 本件みどりの学校実施による時間外勤務に対し、市古校長は、<1>七月一一日午後一時三〇分から帰宅を認め、<2>七月一五日平常日課を変更して午前一〇時四〇分から勤務を開始するという各措置をとった。

(三) 義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置条例の施行について(昭和四六年一二月二四日、四六教職号外愛知県教育委員会通達、以下「給特条例施行通達」という。)その第三の1の(1)には、「教育職員には長時間の時間外勤務をさせないこと。やむを得ず長時間の時間外勤務をさせた場合は、適切な配慮をするようにすること。」と定められているが、右にいう「適切な配慮」とは、当該時間外勤務の状況、円滑な公務の運営、教員の疲労度等を総合的に勘案した結果、教員の健康と福祉のために相当と認められる措置をいうのであって、必ずしも原告の主張するように時間外勤務に相当する時間の回復措置をとらなければならないというものではない。

このような観点からすれば、市古校長のとった回復措置は、本件みどりの学校における原告の勤務の状況に照らし、原告の健康と福祉を適切に配慮するものであったといえる。

二  争点

1  原告の主張

(一) 措置要求は、公務員の労働基本権を制限したことに対する代償措置として設けられたものであるから、本件の場合、人事委員会は、<1>原告が行った時間外勤務の時間、<2>これに対してなされた回復措置の時間と形態、<3>措置要求の対象地区よりも職員にとって有利な回復措置をとる地区の実情、<4>措置要求の対象地区の時間外勤務の実態、<5>措置要求の対象地区とこれよりも職員にとって有利な回復措置がとられている地区との間で差が出ている原因を調査したうえ、地方公共団体当局から独立して、職員の労働条件の改善を実現する立場から、市古校長の裁量の当不当、違法の有無について踏み込んで判断すべきである。

本件判定は、次のとおり、右の観点からみて違法である。

(二) 本件判定は、原告の本件みどりの学校における時間外勤務の状況について、事実認識が不十分である。

(1) 本件みどりの学校における原告の労働時間は、左記のとおり、七月一二日午前八時前に出勤して七月一四日午後四時三〇分ころに解散するまで合計五六時間三〇分の長時間に及んでおり、そのうち、時間外労働は三二時間三〇分である。

七月一二日 午前八時前教員出勤

午前九時出発

午後一時四〇分ころ入村式

以降みどりの学校生活

原告は、同日午前八時前の出勤時から午後一一時まで、引率及びこれに付随する打合せ等の勤務に従事した(右勤務時間合計約一五時間)。

七月一三日 みどりの学校生活

原告は、同日午前三時から午前五時まで不寝番、午前六時ころから午後一一時過ぎまで、引率及びこれに付随する打合せ等の勤務に従事した(右勤務時間合計約一九時間)。

七月一四日 午後零時離村式

午後三時三〇分ころ学校到着

午後四時三〇分ころ解散

原告は、同日午前六時から午後四時三〇分の解散時まで、引率及びこれに付随する勤務に従事した(右勤務時間合計約一〇時間三〇分)。

(2) 右のうち、原告が実際に不寝番、引率及びこれに付随する勤務に従事していた時間(合計約四四時間三〇分)が労働基準法(以下「労基法」という。)三二条一項所定の労働時間に該当することはもちろんであるが、それ以外の時間も、本件みどりの学校における勤務の性質上市古校長の指揮下にあったのであるから、同項にいう労働時間と考えるべきである。

すなわち、本件みどりの学校において、原告が不寝番に従事していた七月一三日午前三時から午前五時までの時間帯を除く深夜から早朝にかけての睡眠時間及び原告がコーヒーを飲んだり風呂にはいるなどして過ごした休息時間についても、原告は権利として市古校長の指揮下から離れこれを自由に利用できたわけではなく、不測の事態が発生すれば直ちに睡眠、休息を中断して市古校長の指揮の下でこれに対処すべき立場にあったのであるから、やはり労働時間に含まれるというべきである。

(3) また、本件みどりの学校の引率や付添の勤務は、生徒に対する教育的効果の達成や危険の予防、または発生した危険に対する善後措置の施行等極めて重大な責任を負担し、心身共に不断の緊張及びその結果として疲労を伴うものであって、その労働の密度において決して労基法四一条三号にいう監視または断続的労働に該当するような性質のものではないというべきである。

(三) 本件みどりの学校に関してなされた市古校長の措置のうち、七月一一日午後一時三〇分から帰宅が認められたのは、本件みどりの学校の準備のためであって回復措置ではないというべきであり、そうすると、原告の行った時間外労働に対する回復措置は、七月一五日の勤務開始を二時間遅らせた措置だけということになる。

仮に七月一一日の措置を含めたとしても、回復措置は合計約四時間ないし四時間三〇分にすぎない。

(四) 本件判定は、他地区の回復措置の実情について何ら考慮していないが、いくつかの例を挙げると次のとおりとなっている。

(1) 名古屋市においては、二泊三日の行事でその前日半日帰宅させているほか、行事の翌日は一日休み、あと半日は四週間以内に随時休みをとるという回復措置を行っている。

(2) 東京では、一週四時間の正規の勤務時間削減の割り振りについて、その行事の長さにより四週間ないし二週間の変形労働時間制をとる方法で回復措置を行っている。

(3) 札幌では、一泊あたり一日の回復が図られることとなっており、二泊の場合は二日、三泊の場合は三日回復されることになる。

(五) 三河地区では、そもそも勤務時間の観念に乏しく、本件みどりの学校以外でも時間外勤務は恒常的になされている実情にあるにもかかわらず、本件判定はこの点について何ら考慮していない。

(六) 本件みどりの学校に関して原告が行った時間外勤務を最小限にみて、これに対して市古校長のとった措置を最大限にみても、回復のなされた時間の比率は四対一程度であって、名古屋市において行われている前記の回復措置との差を合理的に説明できる事情は何ら存在しない。

本件みどりの学校における回復措置について右のような差異が出ている原因は市古校長の教育信念にあると考えられるが、これは教育職員の労働条件を不当に軽視し、無定量の勤務を求めるものであって、合理的理由とはならないというべきである。

(七) 被告の委員会としての機能は形骸化しており、地方公共団体当局の裁量を不当に重視し、当局からの独立性に乏しい存在となっているうえ、職員の労働条件の改善を実現しようという視点を欠落している。

本件判定においても、被告は、市古校長の裁量を不当に重視するあまり、給特法施行通達のいう「適切な配慮」の解釈を誤っている。

そもそも、特別の事情がない限り、回復措置は、教員が行った時間外労働と一対一の対応をなすようにとられるべきである。

すなわち、教育職員に対し時間外勤務を命ずる場合に関する規程(昭和四六年七月五日文部省訓令第二八号、以下「本件規程」という。)は、時間外勤務に対する基本的態度として、正規の勤務時間の割振りを適正に行い、原則として時間外勤務は命じないものとする旨規定し(三条)、教員に対して時間外勤務を命じることができる場合を限定的に列挙している(四条)のであるから、給特法三条によって支給される教職調整額は、右に列挙された業務以外の業務であっても教職員の業務の性格上相当の時間外勤務がなされている実態に対応するものと解すべきであり、右に列挙された業務について時間外勤務が命じられた場合には、教職調整額による調整の範囲外の時間外勤務として、これに対する回復措置は、原則として教職員が行った時間外労働と一対一の対応をなすようにとられるべきである。

仮に原告主張の解釈が採用されないとしても、二泊三日の学校行事に生徒を引率し付き添ったとき、その引率教職員に対し少なくとも翌日は一日休みをとらせなければ疲れもとれず、かえって能率が落ちることは常識的にみて明らかである。それにもかかわらず、被告は、市古校長のとった回復措置が極めて不十分なものであるのに、教員の労働条件の改善に意欲を持たず、その措置を安易に追認している。

2  被告の主張

(一) 本件みどりの学校における原告の労働時間

(1) 本件みどりの学校における原告の労働時間は合計五六時間三〇分であるとする原告の主張には、睡眠時間等明らかに勤務時間にあたらない時間が含まれている。

すなわち、勤務時間と勤務時間にあたらない時間との区別は、その時間を当該職員が自由利用をなし得るかどうかによって判断すべきものである(労基法三四条三項)ところ、本件みどりの学校における七月一二日及び一三日の午後一一時から翌日の午前六時までの各時間帯は、教員が交替でテントの見回り当番をするなど生徒指導にあたっていたことから、見回り当番でなかった教員は生徒の指導から解放され、睡眠をとるなど自由に利用することができる時間であった。したがって、右各時間帯のうち、原告が見回り当番に従事していた七月一三日午前三時から午前五時までの時間帯を除く時間帯は、勤務時間にあたらないというべきである。

(2) 被告は、本件みどりの学校における原告の勤務状況について、原告及び市古校長の陳述等の調査結果を基に、各日の勤務開始時間及び終了時間を認定したうえで、本件みどりの学校での原告の勤務が野外における生徒に対する指導、監督というものであるため、その性格上原告の勤務時間を正確に把握することが困難であること、実際上も、原告はコーヒーを飲んだり風呂に入るなどしており、明らかに勤務と認め難い時間が含まれていることから、原告が本件みどりの学校において時間外勤務に従事した時間を正確に算定することは困難であるが、各日の勤務開始時間及び終了時間の間にそれ相応の時間外勤務をしたものと認定したうえで本件判定を行った。

(二) 原告に対する回復措置

(1) 教員の職務については、教員の創意と自発性に負うところが多く、その勤務態様としても授業中のように時間的に密度が濃いものがある反面、密度が薄い部分があったり、夏休みにおける長期間の自宅研修期間が認められているなど、一般の公務員と同様の時間計測に基づく勤務時間の取扱になじまない特殊性が認められるため、勤務時間の内外を問わず包括的に評価するなど、一般の公務員と異なる取扱がなされている。

すなわち、国立学校の教員の時間外勤務の取扱については、超過勤務手当及び休日給の制度が適用されない一方、俸給相当の性格を有する給与として教職調整額が支給されている(給特法三条)。

他方、時間外勤務を命じ得る事項は文部大臣が人事院と協議して定めることとされており(給特法七条)、文部大臣は人事院と協議のうえ、教員に対して時間外勤務を命じることができる場合として学校行事に関する業務等五項目を定めている(本件規程四条)。

そして、公立学校教員についても国立学校の教員の例を基準として同様の措置をとるべきこととされ(給特法八条及び一一条)、愛知県においては、義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置条例(昭和四六年一二月二四日愛知県条例第五五号、以下「給特条例」という。)によって、原告を含めた公立学校教員に対し、国立学校の教員と同様の措置がなされている。なお、教員に対して時間外勤務を命じ得る事項は、学校行事に関する業務等四項目とされている(給特条例七条二項)。

したがって、給特条例七条二項に該当する項目であれば、愛知県の公立学校教員に対して適法に時間外勤務を命じることができる。

(2) ところで、国立学校の教員について長時間の時間外勤務をさせた場合には、適切な配慮をするよう通達(給特法施行通達第二の2の(1))がなされており、愛知県の公立学校教員についても同様に適切な配慮をするよう教育委員会から通達が発せられている(給特条例施行通達第三の1の(1))。

そして、給特条例施行通達にいう適切な配慮は、教員の健康と福祉を考慮して行うものであって、校長が長時間の時間外勤務をさせたと判断した場合に、業務の種類、性格、教員に対する負担等の時間外勤務の実情及び円滑な校務運営等を総合的に考慮して行うべきものである。

また、適切な配慮としてどういう措置をとるべきかについても校長が判断するものであって、勤務場所を離れた研修を承認する(教育公務員特例法二〇条二項)ことも可能であり、あるいは勤務場所において当該教員の校務分掌を変更して(学校教育法二八条三項)勤務の質的軽減を図ることも可能である。

したがって、校長は、長時間の時間外勤務をさせたと判断した場合には、時間外勤務の時間に一対一に対応するように配慮をしなければならないものではなく、勤務の実情等を総合的に考慮して、その裁量の下に適切な配慮をすれば足りるのである。

(3) 市古校長は、本件みどりの学校が学校行事にあたるので時間外勤務を命じた(給特条例七条二項二号)が、その勤務が長時間であると判断したため、適切な配慮として本件みどりの学校が実施される前日に午後一時三〇分から教員の帰宅を認め、実施後の翌日に平常日程を変更して午前一〇時四〇分から勤務を開始することとして勤務の軽減をはかった(いずれも勤務場所を離れた研修の承認による)ものであり、市古校長のこの措置に不適切とする事情は認められない。

(三) 被告の本件判定

措置要求に対する判定について、国家公務員法八七条は、一般国民及び関係者に公平なように且つ職員の能率を発揮し及び増進する見地において事案を判定しなければならないと規定し、判定が公平と公務能率の見地から行われるべきであることを明らかにしている。地公法には同旨の規定は存在しないが、国家公務員法八七条の規定の趣旨は地公法における判定にも妥当するというべきである。

したがって、措置要求に対する人事委員会の判定は、人事委員会が職員の勤務条件の実態及びこれを取り巻く社会的・経済的諸情勢を考慮して、公務能率の発揮・増進の見地に立って判断するものであり、その判断は人事委員会の裁量に委ねられているものである。

本件判定は、被告に与えられた裁量権の範囲内で行ったものであるから、適法なものである。

第三争点に対する判断

一  原告が愛知県教育委員会から愛知県碧南市公立学校教員に任命された者であることは前記のとおりであるから、まず、当事者の主張に即して、勤務時間その他勤務条件に関し、原告に適用されるべき法律、条例について概観すると次のとおりである。

1  学校教育法に定められた学校の教員に対して適用される教育公務員特例法三条によれば、原告は、地方公務員としての身分を有している者であり、また、地方公共団体における教育機関の職員の身分取扱その他について定めた地方教育行政の組織及び運営に関する法律の適用をも受ける者であるところ、同法三五条によれば、その任免、給与、懲戒、服務その他の身分取扱に関する事項は、この法律及び他の法律に特別の定めがある場合を除き、地公法の定めるところによるとされ、特に同法四二条により、県費負担教職員の給与、勤務時間その他の勤務条件については、地公法二四条六項の規定により条例で定めるものとされている事項は、都道府県の条例で定めるとされている。そして地公法二四条は、労基法の特則として、職員の給与、勤務時間その他の勤務条件の根本基準を定めるとともに、その六項において、職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定めるものとしている。

また、地公法二四条六項に基づき制定された職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例(昭和四二年三月二四日愛知県条例第四号、以下「勤務時間条例」という。)は、本件みどりの学校実施当時、その二条一項において、職員の勤務時間は、休憩時間を除き、一週間について四〇時間を下らず四六時間を越えない範囲内において、人事委員会規則で定めると規定し、三条一項において、前条において規定する勤務時間は、任命権者が月曜日から土曜日までの六日間において割り振り、日曜日は、勤務を要しない日とすると規定し、四条において、任命権者は、一日の勤務が六時間を越える場合においては四五分の休憩時間を勤務時間の途中に置かなければならないと規定していた。

勤務時間条例の右規定を受け、学校職員の勤務時間等に関する規則(昭和四六年一二月二四日愛知県教育委員会規則第一二号、以下「勤務時間規則」という。)は、本件みどりの学校実施当時、その一〇条一項によって県費負担教職員に適用される二条において、県費負担教職員の勤務時間は、一週間について四四時間とすると定め、その一〇条二項によって県費負担教職員の基準とされる三条一項本文において、校長は、次の各号に掲げる基準により、職員の勤務時間を割り振らなければならないとし、同項一号において、昼間において授業を行う学校に勤務する職員については、月曜日から金曜日までは一日について八時間、土曜日は四時間とし、始業時刻は午前八時三〇分、就業時刻は午後五時一五分(土曜日は午後零時三〇分)とすると定め、四条において、校長は右職員の休憩時間を午前一一時から午後二時までの時間内に置かなければならないと定めていた。

2  ところで、国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与その他の勤務条件については、給特法によりその特例が定められているが、同法は、その一〇条において、地方公務員である教育職員についても、公務のために臨時の必要がある場合においては、労基法三三条三項による時間外労働を命ずることができることとして、労基法三二条の三ないし五のほか、それまでこれらの職員に適用されていた同法三七条の時間外、休日及び深夜勤務による割増賃金に関する規定の適用を排除している。

その上で、給特法八条及び一一条を受けて公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与その他の勤務条件について特例を定めた給特条例は、その三条一項において、義務教育諸学校等の教育職員(ただし、校長等一定以上の等級、号俸にある者は除かれている。)には、その者の給料月額の百分の四に相当する額の教職調整額を支給する旨定めている。

このような時間外勤務に関する法令の規定を受けて、勤務時間条例六条は、任命権者は、公務のために臨時の必要があると認めるときは、職員に対し正規の勤務時間(同条例三条に規定された勤務時間をいう。以下同じ)以外の時間に勤務することを命ずることができると定め、勤務時間規則七条は、校長は、職員に対し正規の勤務時間以外の時間に勤務することを命じることができると定めている。

3  しかし、他方、前記2のような勤務時間の例外に対しては、これを制約するために次のような規定がなされている。

すなわち、まず、給特法自ら一〇条において、時間外労働を命ずる場合は、「公務員の健康及び福祉を害しないように考慮しなければならない」とし、給特条例も七条において、「正規の勤務時間の割振りを適正に行い原則として時間外勤務(正規の勤務時間をこえる勤務をいい、勤務時間条例第八条第三項に規定する日における正規の勤務時間中の勤務を含むものとする。)は、命じないもの」とし(同条一項)、「教育職員に対し時間外勤務を命ずる場合は、次に掲げる業務に従事する場合で、臨時または緊急にやむを得ない必要があるときに限るものとする。」(同条二項)旨を定め、時間外勤務を命ずることのできる業務として、「生徒の実習に関する業務」、「学校行事に関する業務」、「教職員会議に関する業務」及び「非常災害等やむを得ない場合に必要な業務」の四業務を具体的に特定して掲げている。

二  次に、原告の主張する「回復措置」の法令上の根拠について検討する。

1  原告が本件措置要求において要求している「回復措置」の法令上の根拠は必ずしも明らかではない。ちなみに、原告がその根拠として主張している給特法施行通達第二の2の(1)は、国立の義務教育諸学校等の教育職員をその適用対象とした本件規程の内容の概要及び留意すべき事項を明らかにしたものであって、公立の義務教育諸学校等の教育職員である原告に直接適用されるものではない。

しかし、給特法施行通達第二の5は、公立の義務教育諸学校等の教育職員についても、給特条例の運用について同通達第二の2ないし4の趣旨と同様に留意すべきことを定めており、これを受けて定められた給特条例施行通達第三の1の(1)は、時間外勤務に対する基本的態度として、「教育職員に対しては長時間の時間外勤務をさせないようにすること。やむを得ず長時間の時間外勤務をさせた場合は、適切な配慮をするようにすること。」を定めているから、原告の要求する「回復措置」も、右規定に基づくものと理解するのが相当である。

2  ところで、給特条例施行通達は、愛知県教育委員会が各県立学校長、各教育事務所長及び各市町村教育委員会に対し、給特条例の施行にあたってその留意点と運用指針を示したものであって、これによって県立学校の教育職員の権利義務に直接の法的影響を及ぼすものではない。

すなわち同通達第三の1の(1)に即して考えれば、これは時間外勤務の命令権者である校長が、職員に対して時間外勤務を命ずる際に裁量すべき事項の一つを明示的に明らかにしたものに過ぎず、この規定によって、校長が職員に対して「回復措置」という新たな措置をとるべき義務を課したわけではないし、職員が校長に対して「回復措置」を求める権利を取得したことになるものではないというべきである。

したがって、校長が職員に対し時間外勤務を命じた場合、校長がいかなる「配慮」をするかは原則として校長の裁量に委ねられていると解すべきである。

三  そこで次に、本件みどりの学校における原告の実際の勤務状況について検討する。

1  前記認定事実並びに原本の存在及び成立に争いのない(証拠・人証略)、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 本件みどりの学校は、自然の中での集団生活を通じて生徒に自主、責任、協同、奉仕の精神を育成することを目的として実施された野外学校行事であって、昭和六三年七月一二日から同月一四日までの二泊三日の日程で愛知県県民の森を会場として実施された。

参加した生徒は二年生生徒二三二人、引率者は、市古校長、校務主任、保健主事、生徒指導主事並びに二年担当の学年主任を始めとする担任及び副担任八名外一名の合計一三名であり、当時二年C組の担任をしていた原告も引率者としてこれに参加した。

態様は、県民の森内のキャンプ場にあらかじめ張られたテントを利用して自炊生活を体験し、ハイキング等の野外活動を行うものである。

(二) 本件みどりの学校における原告の勤務状況は、左記のとおりであり、引率職員としては水場及び残菜係として炊事の後片づけや残菜処理の指示及び監督を担当した。

七月一二日(火曜日)

午前八時東中学校に集合

午前九時過ぎ貸切バスで同校を出発し、二時間あまりかけて桜淵公園に到着(その間は原告として行うべき特別なことはなかった。)

午前一一時過ぎくらいから午後零時三〇分過ぎくらいまで、桜淵公園で生徒と一緒に昼食及び自由時間を過ごした。

午後零時三〇分過ぎ桜淵公園を出発し午後一時三〇分ころ県民の森に到着

若干の時間待ちの後午後二時二〇分過ぎころまでに入村式実施

入村式の後午後四時三〇分の予定時間より遅れた時間まで食事の準備をした。この間原告は、食事の支度や寝床の準備等で忙しく動いた。

食事の準備が整ってから午後六時くらいまで食事をし、食事の前後約一時間水場及び炊事場で後片づけ等の生徒指導に従事した。予定では、午後五時一五分から午後六時一五分まで休息時間がセットされていたが、原告は、後片づけ等の生徒指導が長引き実際はほとんど休息をとれなかった。

午後六時三〇分ころから午後八時三〇分ころまでキャンプファイヤー

午後八時三〇分ころから午後一〇時一五分ころまで反省会で生徒から報告を受け、午後一〇時一五分ころから午後一〇時三〇分ころまでカウンセラーと打ち合せを、その後一一時ころまで他の教員とお茶を飲みながら打ち合せを行った。

午後一一時就寝

七月一三日(水曜日)

午前三時から午前五時まで、原告は巡回当番として本部テントに詰め、その間に生徒のテントを巡回した。

午前六時ころ起床(ただし、原告は、午前五時まで巡回当番があったので起床時まであまり就寝できなかった。)

午前六時三〇分ころから朝の集いで体操、生徒に対する連絡などをした。

午前六時五〇分ころから、キャンプ場に移動して朝食と昼食の準備、この間原告は、水場及び炊事場で生徒指導に従事した。

午前八時三〇分ころ朝食、その後後片づけ、この間原告は、水場及び炊事場で生徒指導に従事した。

午前九時三〇分ころから午後一時三〇分ころまで県民の森の中のコースでハイキング指導

午後二時ころから生徒に近くの川で水浴指導、その後引率職員が交替で近くの家に入浴に出かけ、原告も午後二時四〇分ころから四〇分くらいかけて入浴に出かけた。

午後三時三〇分ころから食事の準備、この間原告は、水場及び炊事場で生徒指導に従事した。

午後四時ころから食事をし、その後後片づけ、この間原告は、水場及び炊事場で生徒指導に従事した。午後六時三〇分ころから休息時間が設定されていたが、原告は、前日同様、生徒指導のためほとんどとれなかった。

午後七時ころから午後八時ころまでキャンプの集い、カウンセラーの指導の下でゲーム等を行った。その後八時三〇分ころまでフォークダンス

その後約三〇分の自由時間の後午後一〇時ころまで反省会、午後一〇時ころから午後一〇時一五分ころまでカウンセラーと打ち合せを、一一時ころまで他の教員と打ち合せを行った。

午後一一時就寝

七月一四日(木曜日)

午前六時ころ起床

午前六時三〇分ころから午前八時三〇分ころまで朝の集い、朝食の準備、朝食、その後の片づけを前日と同様に行う。

午前八時三〇分ころから後片づけの点検実施。原告は、水場及び炊事場を中心にして点検を実施した。

午前九時三〇分ころからキャンプ場の清掃指導

午前一一時三〇分昼食

午後零時離村式

午後零時三〇分ころ県民の森出発

午後四時ころ学校到着

午後四時三〇分ころ解散

(三) 市古校長は、本件みどりの学校の実施にあたり、給特条例施行通達第三の1の(1)にいう「配慮」として、本件みどりの学校の前日の昭和六三年七月一一日の勤務を午後一時三〇分をもって終了とし、本件みどりの学校実施後の同月一五日の勤務開始時間を午前一〇時四〇分からとした。これはいずれも、教育公務員特例法二〇条二項により、勤務場所を離れた研修を承認したものである。

なお、原告は、本件みどりの学校の前日の昭和六三年七月一一日の勤務を午後一時三〇分をもって終了としたことは、右「配慮」とはいえないと主張するが、実施前日に早めに勤務を終了して体を休めることは、本件みどりの学校による疲労を最小限にとどめることにもつながるであろうことは経験則上明らかであるから、原告の右主張を採用することはできない。

2  右に認定した事実によれば、本件みどりの学校は、給特条例七条二項二号にいう「学校行事に関する業務」として、臨時にやむを得ない必要がある時間外勤務を伴う学校行事として実施されたものと認めるのが相当である。

また、本件みどりの学校における原告の勤務時間をいつからいつまでと認めるべきかについてはひとまずおき、原告が本件みどりの学校によって事実上拘束を受けていたと認められる時間は、七月一二日は午前八時から午後零時までの一六時間、七月一三日は午前零時から午後零時までの二四時間、七月一四日は午前零時から午後四時三〇分までの一六時間三〇分であって、これを前記一の1で認定した本件みどりの学校当時における原告の正規の勤務時間の割振りと照合すると、原告は本件みどりの学校において相当長時間にわたる時間外勤務に従事したものと認められる。

3  ところで、右2で認定した本件みどりの学校における原告の時間外勤務を前記1の(三)で認定したこれに対する市古校長の「配慮」とその時間のみで比較する限り、両者の間に均衡を失している感は免れない。

しかし、校長がいかなる「配慮」をするかは原則として校長の裁量に委ねられていると解すべきであることは前記のとおりであるから、その裁量の当否は格別として、校長が職員に対し精神的肉体的に極めて過酷な時間外勤務を命じながら全く「配慮」をしないか、または社会通念上明らかに不十分な「配慮」しかしないというような著しい裁量権の逸脱あるいは濫用が認められない限り、校長の右「配慮」を違法と断ずることは許されないというべきである。

そして、本件みどりの学校の場合には、市古校長に右のような著しい裁量権の逸脱あるいは濫用があったとは認め難いから、市古校長の右「配慮」を違法ということはできない。その理由は次のとおりである。

(一) 給特条例施行通達第三の1の(1)にいう「適切な配慮」の具体的内容については、同通達自身からは必ずしも明らかではない。

しかし、その参考になる規定として、同通達第三の1は、(3)として「教育職員に対し時間外勤務を命ずる場合は、学校の運営が円滑に行われるよう関係教育職員の繁忙の度合い、健康状況等を勘案し、その意向を十分尊重して行うようにすること。また、教育職員の勤務時間の管理については、教育が特に教育職員の自発性、創造性に基づく勤務に期待する面が大きいことおよび夏休みのように長期の学校休業期間があること等を考慮し、正規の勤務時間内であっても、業務の種類・性質によっては、承認の下に、学校外における勤務により処理しうるよう運用上配慮を加えるよう、また、いわゆる夏休み等の学校休業期間については教育公務員特例法第一九条(研修)および第二〇条(研修の機会)の規定の趣旨に沿った活用を図るように留意すること。」を定めており、教育職員の職務が、教師と児童生徒との間の直接の人格的接触を通じて、児童生徒達の人格の発展と完成を図るという本質的要請を持つものであることから、もともと時間的計測が不適当な性質を持つものであることに加えて、教師としての自発性、創造性に基づき遂行されなければならない部分が少なくなく、勤務の形態や密度も授業活動のように時間的計測が容易で密度の濃いものから、学校外での研修など時間的計測が困難で比較的密度の薄いものなどさまざまであるという特殊性を有するものであることを重視していることが明らかである。

また、前記一の3に説示したとおり、給特法一〇条が、時間外労働を命ずる場合は、公務員の健康及び福祉を害しないように考慮しなければならないと定めていること(なお、給特法七条一項は、国立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間をこえて勤務させる場合においては、教育職員の健康と福祉を害することとならないよう勤務の実情について十分な配慮がされなければならないと定めている。)などを考え併せると、給特条例施行通達第三の1の(1)にいう「適切な配慮」とは、当該時間外勤務を命じられた教育職員の具体的な健康と福祉に対する配慮を意味するのであって、単に形式的な時間の回復を意味するものではないと解するのが相当である。

したがって、校長が長時間の時間外勤務をさせたと判断した場合に「適切な配慮」としていかなる措置を講ずるかを決定するに際しては、その時間のみならず勤務の密度、職員の肉体的精神的負担の程度等当該勤務の実態を重視すべきなのであって、原告の主張するように、睡眠時間や入浴等の時間が法律上の勤務時間に該当するかどうかを認定したうえで時間外勤務の時間を正確に計測することは必ずしも重要な意味を有するものではない(したがって、当裁判所としては、睡眠時間や入浴等の時間が勤務時間に該当するかどうかについては判断しない。)し、時間外勤務の時間に一対一に対応するように配慮することを原則とすべきとする原告の主張はこれを採用することができない。

(二) そこで、本件みどりの学校について検討するに、本件みどりの学校の引率や付添の勤務が、生徒に対する教育的効果の達成や危険の予防、または発生した危険に対する善後措置の施行等極めて重大な責任を負担し、心身共に不断の緊張及びその結果として疲労を伴うものであって、その労働の密度において決して労基法四一条三号にいう監視または断続的労働に該当するような性質のものではないということは原告の主張するとおりである。

しかし、(人証略)によれば、本件みどりの学校は、通常の授業からは得られない特別の教育効果を達成する見地から、碧南市内の中学校に一般的に実施されているものであり、東中学校においても例年実施され、しかもその内容等は二年生の担任が決まった四月の時点で原告に判明していた行事であることが認められるうえ、前記認定のとおり、学年担任はもとより副担任、学年主任、校務主任、保健主事、生徒指導主事を揃え、生徒の安全等に対しても相応の配慮をしたうえで実施されていること、二泊三日という比較的短期間で終了するものであること、移動距離も比較的短く、移動手段も専用の貸切バスで目的地に直行するもので乗換等の心配もないこと、県民の森は、愛知県民のレクリェーションの場として整備された森林公園であって、生徒に対する危険も比較的少ない場所であること(顕著な事実)、前記認定のとおり、本件みどりの学校実施中原告には、短いとはいえ睡眠時間はもちろん入浴やお茶を飲む時間等生徒指導の合間を見て適宜休息が与えられていたことなどを顧慮すれば、相当の疲労を伴ったことは否定できないとはいえ、原告にとって精神的肉体的に極めて過酷な時間外勤務であったとは認め難い。

また、本件みどりの学校実施後に、本件みどりの学校による疲労によって体調を崩したり、休暇をとった職員がでた事実も存在しない。

(三) 既に述べたように、公立学校の教育職員に対しては、前記のような職務の特殊性を考慮して、給特条例によりその時間外勤務に対する俸給相当の性格を有する給与として給料月額の百分の四に相当する額の教職調整額が支給されている。(その金額は、給特条例四条により、退職手当等の各種手当の基準額にも反映されることになるから、実質六パーセントを越えるものとなっていることは当裁判所に顕著な事実である。)

そして、前記のような給特条例の規定の趣旨、目的から考えて、右教職調整額は給特条例七条二項に列挙された時間外勤務が命じられた場合を予定したものと解するのが相当である(右時間外勤務は教職調整額による調整の範囲外の勤務であるとする原告の主張は採用できない。)から、本件みどりの学校における原告の前記時間外勤務も、原則的に右教職調整額によりすべて評価されているのである。

(四) また、給特条例施行通達第三の1の(1)は、時間外勤務の命令権者である校長が、職員に対して時間外勤務を命ずる際に裁量すべき事項の一つを明示的に明らかにしたものに過ぎないことは既に述べたとおりであって、公務の掌理者である校長(学校教育法四〇条、二八条三項)は、同通達第三の1の(3)においていうように「学校の運営が円滑に行われるよう」配慮することも必要なのであるから、校長が長時間の時間外勤務をさせたと判断した場合には、その業務の種類、性格、職員に対する負担等の時間外勤務の実情及び円滑な校務運営等を総合的に考慮して通達第三の1の(1)にいう「配慮」を行うべきものである。

本件みどりの学校の場合、(人証略)は、自宅学習にした場合の児童に対する教育的影響も考慮して通達第三の1の(1)の「配慮」の内容を決めた旨証言しているが、それ自体決して違法なことではないというべきである。

(五) 給特条例施行通達第三の1の(1)の「配慮」としてどういう措置をとるべきかについても校長がその裁量で判断すれば足りると解すべきである。

すなわち、同通達第三の1は、(2)として「教育職員について、日曜日または休日等に勤務させる必要がある場合は、代休措置を講じて週一日の休日の確保に努めるようにすること。」、(4)として「勤務時間の割振りを適正に行うためには、勤務時間条例第二条および第三条の規定の活用について考慮すること。」と定める一方、平日の時間外勤務の場合には、代休措置を講ずることを明示的に規定はしていないことから考えると、勤務時間条例二条および三条の規定による勤務時間の割振りの特例によって処理することも許容されると解することができるし、勤務場所を離れた研修の承認(教育公務員特例法二〇条二項)や、勤務場所において当該教員の校務分掌を変更して(学校教育法二八条三項)勤務の質的軽減を図ることも可能と解される。

この見地からみても、本件みどりの学校における市古校長の前記「配慮」がその裁量権の範囲を逸脱したものとは認められない。

(六) 原告は、他地区の実情を指摘して、これに比べて本件みどりの学校における「配慮」が不十分であると主張している。

確かに、他地区における時間外勤務の工夫の実情を調査してその良い点を取り入れることは、東中学校における職員の時間外勤務の実情を改善するうえで望ましいことではあるが、これを全く顧慮しなかったとしても、それだけで校長の「配慮」が違法となるものではないというべきである。

なぜならば、既に述べたように、給特条例施行通達第三の1の(1)の「配慮」は、教育目的に沿った円滑な学校運営についても考慮したうえ、当該時間外勤務を命じられた教育職員の具体的な健康と福祉に対する配慮を意味するのであって、この点について前記のような裁量権の逸脱または濫用が認められない限り、これを違法というべきではないからである。

したがって、この点についての原告の主張も、また採用することができない。

四  進んで、措置要求制度の趣旨及びその取消訴訟の審判の対象と判断方法について検討する。

1  地公法四六条による措置要求制度は、同法が職員に対し労働組合法の適用を排除し、団体協約を締結する権利を認めず、また争議行為をなすことを禁止し、労働委員会に対する救済の申立の道を閉ざしたことに対応する代償、補完の措置であり、職員の勤務条件について簡易、敏速な審理手続による人事委員会の判定を通じて職員の勤務条件の適正を確保しようとするものである。そして、勤務条件に関する措置要求を審査する人事委員会は、職員の勤務条件に関する情勢適応の原則、均衡の原則等の法律上の諸原則に照らして適正な勤務条件のいかんを判断して判定を行い、それに基づいて、自らの権限に属する事項については自らこれを実行し、地方公共団体の他の機関の権限に属する事項については当該機関に対して、適切な措置をとるよう勧告し、勧告を受けた機関がこれを可能な限り尊重すべき政治的、道義的責任を負うことになる。この勧告には法律上の拘束力はなく、一種の行政監督的作用を促す効果があるに過ぎず、その手続は、司法手続に準ずるものというより斡旋、仲介の性質を持つものである。

2  以上のような措置要求制度の趣旨及び性質に鑑みると、人事委員会は、要求事項の内容、客観的性質、措置要求者がこれを要求する理由、事情、要求を認めないときに要求者に残存するかも知れない不利益の有無、これがあるとした場合の内容、程度、性質、要求の全部または一部をいれて地方公共団体の機関に対して勧告をすべき内容の判定を選択するときにあり得べき判定内容のいかんとこれによって他の公務員や社会に及ぼす影響、社会情勢の推移とその見通し、その他、広範な諸事情を総合的に考慮して、最終的な判定内容を決定することができるものというべきであり、その判断は、平素から、各種措置要求や不利益処分の不服についての審査のみならず、職員の様々な勤務条件にかかわる人事行政の研究、調査、企画、立案と報告及び勧告等についての職責を担っている専門機関たる人事委員会の総合的裁量に委ねられているものといわなければならない。

そして、人事委員会は、その広範な裁量権の範囲内で、措置要求者の要求事項をそのまま採用するか、採用しないかという観点のみならず、当該要求者の要求に沿った何らかの措置が全体的、総合的観点から相当であると判断されるときは、措置要求者が要求事項として掲げた事項そのものとは異なる措置をとることを妥当とする判定をし、その旨勧告することも許されているものと解される。

3  右のような人事委員会に与えられた裁量権の性質に照らすと、措置要求者に対する判定の違法性が審判の対象となる取消訴訟においてその存否を審判する裁判所は、人事委員会と同一の立場にたって、自らがどのような内容の判定をすべきであったかについて判断し、その結果と当該判定とを対比して判断の当否を論ずべきものではなく、判定当時の措置要求者の勤務条件が法令の規定する基準に達しない違法な状態にあるとか、当該判定を導いた審理の手続や認定、判断の内容に法令に違反し、あるいは考慮した前提事情に重大な事実の誤認があるなどの重大な瑕疵があって、当該委員会に認められた裁量権の範囲を逸脱していると認められる場合、またはその裁量権の行使としてした判断、選択自体が社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り、当該判定を違法であると判断すべきものであると考えられる。

4  右に述べた見地から本件判定の違法性の有無を検討すると、市古校長が本件みどりの学校に際して行った給特条例施行通達第三の1の(1)にいう「配慮」を違法と断ずることのできないことは既に述べたとおりであるうえ、本件判定を導いた審理の手続や認定、判断の内容に法令に違反し、あるいは考慮した前提事情に重大な事実の誤認があるなどの重大な瑕疵が存在する事実も認め難く、本件判定が社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したことも認めるに足りない。

原告は、被告の委員会としての機能が形骸化しており、地方公共団体当局の裁量を不当に重視し、当局からの独立性に乏しい存在となっているうえ、職員の労働条件の改善を実現しようという視点を欠落していると主張するが、右のような事実を裏づけるに足りる確たる証拠は存しない。

5  そうすると、本件判定には、原告の主張するような違法性は存在しないといわざるを得ないから、本件判定の違法をいう原告の主張は理由がない。

五  なお、原告が昭和五九年四月から平成四年三月まで愛知県碧南市立東中学校教諭に補されていたが、同年四月以降同市立新川中学校に補され現在に至っていることは前記認定のとおりであるところ、本件判定は、原告が碧南市立東中学校教諭に在職中に実施された本件みどりの学校についての勤務条件に関するものであって、現に勤務する同市立新川中学校における勤務条件には何ら関係しないから、原告は、本件判定の取消を求める法律上の利益すなわち原告適格を失ったのではないかとの疑問も生じないではない。

しかし、措置要求制度の趣旨が前記のとおりであり、また、措置要求に基づく人事委員会の勧告には一種の行政監督的作用を促す効果があるに過ぎないものであること、加えて、原告の求める本件措置要求の内容は自己の時間外勤務に対する「回復措置」という、原告の個人的利益に具体的、密接に関わっているものであることが認められる。こうした事実に照らすと、原告がその勤務場所を変わったことによって本件措置要求の申立適格及びこれに対する判定取消訴訟の原告適格を喪失すると解することは相当でないと考え、当裁判所は、本件について実体判断を行ったものである。

六  結論

以上のとおりであるから、原告の請求は理由がないのでこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福田晧一 裁判官 潮見直之 裁判官 菱田泰信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例